「なぜ移住を考えているのか。その理由をもう一段深いところまで突き詰めることが、移住を成功させる秘訣ではないかと思います」
そう話す砥石孝俊さん。15年前に長野県上田市に移住し、地元の工務店で木造住宅の設計士をする傍ら、移住を考える人からの相談を受けるアドバイザーとしても活動してきた。
現在は上田の市街地から少し離れたエリアに自分で設計した自宅を作り、家族と暮らす。
昨年、コロナ禍の中で移住相談の窓口となる「なからいふLabo.」を立ち上げ、移住コンサルタントとしての活動を本格化した。
参照:なからいふHP https://nakalife.com/nakalife/
最も大切なのは“生き方”
砥石さんは上田市の出身。
実家は上田の中心街にあり、高校を卒業するまで過ごしたのだという。その後は横浜の建設会社に就職。以来、約14年にわたって東京や横浜で現場監督として働いた。
しかし、都会での生活を続ける中で、次第に強い違和感を感じるようになっていった。
「心を病み、仕事を続けることも困難なほどになりました。そうした中で移住を考えるようになりました」
砥石さんは建設会社の勤務経験や一級建築士の資格も有しており、住宅や建設のプロでもある。それでも、移住となるといろいろ考えることは多い。
「15年前に移住したころは、テレワークができる時代ではなく、まずは現地で仕事を探す必要がありました。と同時に、住居を探したり、移転する準備もいろいろありました。それ以前に家族の理解がないといけませんね。妻に理解してもらえなければ移住は実現していなかったと思います」
そんな自らの体験もあり、「なからいふLabo.」で移住の相談を受ける際には、土地や建物の物件調査や住宅の設計、移住費用算出といった実務的なことに終始せず、本質的なことを話すことにしているという。
「大切なのは、移住を考える理由です。移住によって何を実現したいのか、を掘り下げて考える必要があります。
のんびりした環境下で暮らしたいから、畑のある家で家庭菜園を楽しみたい、自然の中でのびのび子育てしたい…。当初はそういった理由を挙げる人が多いように思います。
しかし、そこでもう一段深く考えたほうがいいと思うのです。」
「なぜのんびり暮らしたいのか、なぜ畑や家庭菜園を楽しみたいのか、どうして自然の中で子育てしたいのか、といった具合です。
移住を考える背景には、今の生活の何かを変えたい、といった自分の中にある根本的な希望があるように思います。それを理解すると、移住はよりうまくいくはずです。より適した移住先が見つかるかも知れませんし、移住ではない選択肢がみつかることもありそうです」
とはいえ、それを理解するのは結構難しい。自分の中にある根本的な欲求や課題は、自分が認識していないことも多いからだ。砥石さんは、そうした人間の本質をよく知っている。
「自分のことは、他人を通して見て初めてわかる部分が多いですからね」
「なからいふLabo.」を立ち上げてから数か月、砥石さんのもとには早くも数件の相談がきた。
うち2件は実際に移住が実現した。とりあえず性急な移住はやめ、引き続きよく考える、という結論に至った相談も1件あったという。
地元の方言で“ちょうどいい”を意味する「なから」と「らいふ」(生き方)を組み合わせて「なからいふ」。
この名称は、“ちょうどいい生き方”を追い求めてきた砥石さんの“暮らし”に対する哲学や、経験から浮かび上がる理想的な移住の考え方を体現している。